世界一の経済大国、アメリカで行われた大統領選について振り返ります。
日本人にはなかなか理解できない事かもしれませんが、共和党のトランプ大統領の支持者もかなり多いようです。
今回は、この話題について、自分なりに心に浮かんだことをそのまま文章にしてみたいと思います。
経済ってそんなに大切?
政治を語る上で、よく話題にされるのが、経済についてではないかと思います。
経済成長によって、人は豊かな生活を送れるようになり、幸せを勝ち取る事が出来るという発想が根底にあるのでしょうか?
しかし、物事はそんなに単純ではないように思われます。
物事を巨視的に見てみます。
物質というのは、有限ですから、どこかに有り余るほどのものが集まれば、どこかが不足するという事態になります。
つまりは、豊かになる人(豊かになりすぎる人)が出てくれば、困窮する人も出てくるという事になります。
経済成長を目指し、大企業や富裕層にさらにお金が集まるようになれば、貧困層が増えるという理屈になるわけです。
本当に大切なのは、経済成長ではなく、格差の是正ではないでしょうか?
お金によって優先順位が狂ってくる?
お金は大切なものですし、お金は汚いというつもりはないですが、何でも物事は極端になると狂ってくるように思われます。
つまりは、「多すぎる富を求める事」という表現ができるでしょうか。
行き過ぎた拝金主義、利己主義が問題になるかと思います。
例えば、地球環境問題があります。
経済を優先させることで、温暖化し、様々な災害が起こったとしても、対策を取らずに、そのまま環境破壊を続ける事になります。
大義名分として、「経済」を掲げる事で、世の中に災いをもたらすことも、正当化されてしまうという事になると思われます。
地球環境問題のみならず、戦争や民族間、宗教間の差別や人権問題、その他の様々な問題についても同様と考えられます。
アメリカで起こっている事は対岸の火事か?
アメリカの大統領選挙をニュースで目にすると、「アメリカっておかしな国だな。」と思われる人も多いかもしれませんが、日本も他人事でもないように思います。
日本もアメリカほどではないにしても、やはり経済重視でやってきたために、現在のような格差を生んでしまったのではないかと思います。
「頑張った人間が報われる社会、正当な評価をされる社会」と言えば、何かもっともらしく聞こえるものだと思いますが、本当に物は言いようだと思います。
もともと持っている能力など、人それぞれです。
極端な話をすれば、障害を持っている人に、健常者と同じような効率、生産性を求めても難しいという事が分かると思います。
つまり、どんなに努力したところで、どれだけ結果が出せるかは、もともと決まっているという事になります。
実際問題、障害を持っている人は、健常者に比べると低賃金になりますし、障害が重ければ、自分の稼いだお金で、自力で食べていく事は難しかったりします。
このように考えれば、「頑張った人間が報われる社会、正当な評価をされる社会」というのが、何か、皮相的で、独善的な強者の理論のようにも感じられるのではと思います。
裕福なアメリカに住む余りにも多くの人々が、貧しいアメリカに生存している人々を無視し過ぎている。(キング牧師)
報酬を心の満足に置いてみては?
人間が本当に幸せと感じる事はどんなことでしょうか?
昇給した時?欲しかったものを手に入れる事が出来た時?恋人ができた時?人から認められた時?
どれも幸福を感じる要素かもしれませんが、普遍的なものではないように思われます。
心理学に、マズローの法則というのがあり、人間の欲求を段階的に分けているものですが、もっとも最高位の位置にあるのが、人や世の中の役に立ちたいという、自己超越の欲求という事のようです。
人の役に立てたとき、何か心が満たされる感覚があるのではないかと思いますが、結局、その時点で、報酬を得ているという事になるのではと思います。
そう考えれば、仕事を通して人の役に立った時点で、すでに心の報酬を得ているわけですから、何も、有り余るほどのものを所有するためのお金を受け取る必要はないのではないかと思います。
そのように考える人が増えれば、自ずと、社会は幸福になっていくと思いませんか?
政治をそのようにしたのは誰?
政治家はおかしい、政治が変わらなきゃという話になりますが、結局、それを選んでいるのは、国民という事になります。
国民が適切な判断力を身につけなければ、世の中は良くなるはずもないわけです。
それには、様々な事を学び、知識を得ていく事が大切ですが、一方で、判断の根底にある、思想、哲学といったものがなければ、一部の人間のもっともらしい言葉の表現に簡単にごまかされてしまいます。
日本は無宗教の人が多いですから、もう少し、きちんとした考え方、価値観を身につける事も必要かもしれません。